酔っ払いと、かわいそうな男
かわいそうな奴だお前は。
池袋でシズちゃんに出くわし、怒声と標識が飛んでくることを覚悟して身構えていたら、飛んできたのはあんまりな言葉だった。
「かわいそうになぁ」
シズちゃんは眉を下げ心底悲しそうにつぶやくと、てくてくと無造作に距離を詰めてきた。
ポケットに入れた手でナイフを握り締め、緊張している俺の正面に立つ。酒気を帯びた生暖かい息が顔にかかり、俺は鼻に皺を寄せた。
「なんだシズちゃん、酔っ払ってるの?弱いくせに安酒をあおるからだよ」
近すぎる距離に内心肝を冷やしつつ、虚勢を張って憎まれ口を叩くが、彼の瞳の色は変わらない。大真面目に、憎いはずの俺の顔を覗き込む。俺は硬直して動けない。ナイフを握り締めすぎた手のひらに、爪が食い込んでいる。その痛みだけが現実で、あとは夢でも見ているように曖昧だ。
シズちゃんはさらに一歩距離を詰め、哀れみの表情を眉間に漂わせた。
「俺は、お前がかわいそうでならない」
「なんで…なんでそういうこと言うの」
辛うじて押し出した言葉も、薄い膜の向こうで鳴っているようにぼやけていて、自分の声ではないみたいだ。シズちゃんが止めの言葉を吐く。
「お前はかわいそうだって新羅が言ってたから、きっとお前はかわいそうな奴なんだろう」
喉に、大きな石を突っ込まれたような気分だった。
「この…っ」
反射的に体が動いて、握り締め続けたナイフを彼の肩に突き刺した。ナイフはやはり5ミリしか刺さらない。俺はううぅと獣じみた声を上げ、何度もナイフを突き立てた。
確かに俺はかわいそうだ。中学のあの時からずっと新羅だけが特別で、特別だからこそ俺はもう何が特別かわからなくなるほど特別を押しこめてきたのだ。そりゃあ新羅にしたら俺はかわいそうな奴だろう。しかしだからと言ってそれをシズちゃんに言われる筋合いはない。
ようやくバーテン服に血が滲んできたが、シズちゃんは俺を哀れむのに一生懸命で、気付いてもいないようだった。ナイフが刺さったまま、あろうことか俺を抱き寄せる。
「かわいそうになぁ」
シズちゃんは、顔を歪めるとおいおい泣いた。俺を抱き締めて、優しく頭を撫でたりもした。その暖かさに俺は不覚にも少し涙腺が緩み、その事実が何より惨めでかわいそうで、俺はシズちゃんの胸でおいおい泣いた。
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