この道
「俺? 俺はこのまま来神高校に持ち上がりで行くよ」
こともなげに新羅が言った。てっきり新羅は外部の進学校を受験するものとばかり思っていた臨也は一瞬驚いたが、すぐに納得した。そうだ、想い人と一緒に住んでいるという奴が、わざわざ遠い学校に行くわけなんてなかった。
「臨也は外部受験?」
こうして臨也のことを聞いてくるようになったのは大きな進歩だ。出会った当初は、これっぽっちも臨也に関心なんてなく、彼がどこへ行こうが何をしようが、廊下の隅の切れかかった蛍光灯以上に意味を持たなかった。
軽い感動を覚えながら、臨也はうーんと生返事をした。
「まだなんとも……」
「決めてないの? 臨也せっかく勉強できるんだからさ、進学校行って出世しなよ」
「新羅こそ、医者になるんなら進学校に行った方がいいんじゃないのか」
珍しくまともなことを言う友人に、まともな言葉を返してみると、
「私は闇医者になるからいいんだよー」
と、のほほんと笑いながらとんでもないことを言うので、臨也はそれ以上話をする気も失せて、教室の窓から外を眺めた。
五時のチャイムも鳴らぬ内に、空は薄紅を差し始めていた。西から差し込む太陽は、まだ十分な熱でもって二人が頬杖をつく机を温めるのに、青から赤への複雑なグラデーションは、お構いなしに秋の到来を知らせている。それは、このいかれた友人と過ごす時が、終わりに近付いていることを意味していた。
臨也は無性に悲しくなった。喉の奥に何かしょっぱいかたまりが込み上げてきて、さりげなく顔を伏せた。温かな机に突っ伏して、腕の間に顔を埋めた。
「じゃあさ、臨也も来神高校にしたら?」
新羅の声が、西日と共につむじに降り注いだ。
「じゃあ」って何だよ。という突っ込みの言葉が出掛かったが、喉にぎゅうぎゅう詰まった何かが一緒に溢れてきそうで、慌てて飲み込んだ。
「寂しいじゃん」
新羅の声は、どこも気張ったところがなく、秋の夕暮れのように緩やかだった。
仕方がないなあ、とか、案外寂しがりなんだな、とか、そりゃあ俺の他に友達いないもんな、とか、考え付く言葉はいくらでもあったが、突っ伏した腕の間から漏れたのは、「行く」という呟きだった。
新羅は何も言わず、臨也の頭をぽんぽんと叩いた。新羅の手も西日に染まっていて、その温かさと優しさに、臨也は少しだけ泣いた。
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