棘の肖像

 食虫植物の占拠する薄暗い生物室に、一輪の紅いバラが咲いていた。それは、曇天を描こうとして間違って真っ赤な絵の具を落としたみたいに、馴染まず、浮き上がって、違和感を振り撒いていた。新羅が想い人にもらったというそのバラは、生物部の育てる他のどんな植物よりも特別に扱われ、臨也でさえも触らせてもらえなかった。
「僕が生物部の部長になったって言ったら彼女すごく喜んでくれてね。わざわざ花屋に買いに行ってくれたんだ」
 そう言って少し照れたように笑う新羅の顔は、年相応に幼く、愛らしく、人間らしく、臨也はどうしてもそのふっくらとした頬に触れたくて堪らなかった。しかしその頬は、臨也が触れても決して色を持つことはない。

 昼休み、臨也は一人で部室に来た。紅いバラに手を伸ばし、棘が刺さるのも構わず、無造作に掴み取る。指先に力を込め、ぷつりと棘を一つ折った。ぷつり、ぷつり。棘は足下に落ちる前に、不慣れな臨也の手つきを責め、白い指を傷付けた。棘の後を追うように、血液が、玉になって転がり落ちた。
 臨也は、血の滴る指で彼の頬に触れることを想像した。幼げな柔らかさと理知的な硬質さを併せ持つその頬が、赤黒い血で汚されることを想像した。それは臨也を酷く興奮させ、同時に深く絶望させた。彼はきっと拒まない。しかし、本当の本当に彼に触れられるのは、彼の頬を真実色づかせることができるのは、全宇宙でたった一人しかいないのだ。ならばいっそ、棘を纏って触れるなと言ってくれ。手を伸ばしたなら傷付けてくれ。新羅、お前は酷い奴だ、酷い奴だ。
 気付いたら、午後の授業が始まっていた。バラはすっかり棘を奪われ、長く握り締められていたせいで心なしかぐったりして見えた。
 今日はこのまま、放課後までここにいよう。新羅が来るまで、バラを握り締めて、棘の残骸と血溜まりの中で立ち尽くしていよう。新羅は何て言うだろうか。嘆くかな、詰るかな、失望するかな。何だっていい。彼の心に、俺の棘が届きますように。


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