月の中まで
中学二年の時、新羅の家に泊まりに行った。ゴールデンウィークでも両親は仕事。双子の妹は連休中、母方の祖母の家に遊びに行くことになっていた。臨也も再三誘われたのだが、「生物部の活動があるから」と言って断った。そんなに水を遣る必要もない食虫植物の世話など端からする気もなかったが、山と川しかない祖母の田舎に行くより、ゴールデンウィークでごった返す都会の方が面白そうだと思ったのだ。
その話を新羅にすると、彼は軽い調子でこう言った。
「それじゃあ、うちに泊まりにおいでよ」
行ってみて知ったのだが、新羅の家も、彼一人なのだった。同居しているという彼の想い人は仕事で留守だとかで、「彼女、家にいるより、仕事の方が好きなんだ」と、寂しそうに笑った。
新羅と二人、カップ麺を食べ、ゲームをし、お菓子を買いに行き、それを食べながらテレビを見て、とりとめもなく頭に浮かんだことをだらだらとしゃべった。毒気のないおしゃべりが自分たちにしたら妙な感じだったが、悪い気はしなかった。
二人は中学生らしく、日付が変わる前に寝床に入った。新羅のベッドの横に並べられた客用の布団に、臨也は潜り込む。ベッドの向こうの窓からは、明るい満月の光が差し込んでいた。布団から見上げる眼鏡のない新羅の横顔は、月の光を受け、まつげから鼻梁までが、美しい影を作っていた。
外は静かだった。教室で二人になるのとは違う、世界中から幼い二人、たった二人ぼっちが取り残されたような感覚がして、臨也は思わず声を上げた。
「なあ、新羅」
返事はない。
「新羅」
返事はなかったが、彼の布団に這い上がる。
「どうしたの、臨也。寂しくなった?」
微かにからかいと笑いを含んだ声だったが、優しかったので気にならなかった。
新羅の体温で温もった布団に潜り込むと、新羅の顔が、間近でまっすぐこちらを見ていた。鼻と鼻が触れ合いそうな距離だった。
「ねえ、新羅。今日、俺、誕生日なんだ」
「そう、そうなんだ。それは……おめでとう」
おめでとう、臨也。
優しい新羅の手が、頭を撫でる。
満月のせいか、妙に気持ちがざわついた。新羅の目が、月明かりにキラキラとして見えた。
今日は、特別な誕生日だ。
臨也はそう思って、布団の中で、新羅の手を握った。新羅は、しっかりと握り返した。
月が、世界に取り残されたような二人を照らしていた。
back