魔法のポケット
宮地のポケットは、魔法のポケットだ。高尾や他の生徒と同じシンプルな学ランのポケットから、実にいろいろなものを出してくる。飴、ビスケット、ガム、おにぎりといった食べ物から、くしゃくしゃになったレシート、マイナスねじとマイナスドライバー、美術の授業で使った練りけし、クラシックカーのミニチュアまで、用途もサイズも様々なものたちがその狭い布のすきまにどんな具合にか収まっている。入っているものはその時々で違ったが、大体がその時その場にいる誰かが必要としているものが入っていた。エヘンと咳をしたら、「風邪か? のど飴あるぜ」と金柑のど飴を出してくるし、制服のボタンが取れたと言えば、「自分でつけろよ」と小さなソーイングセットを出してきた。
高尾が一番驚いたのは、部室で日誌をつけている時「やべ、シャー芯なくなった」と呟けば、こともなげにズボンのポケットからシャープペンシルの芯を出してきて「ほらよ」と渡されたことだ。あまりに突飛でタイムリーだったので「今日のラッキーアイテムですか?」と聞くと、「違ぇーよ、知ってんだろ」とチョップを食らわされた。さそり座のラッキーアイテムは耳の端で聞くぐらいでチェックはしていないが、確かにシャープペンシルの芯ではなかったような気がする。ロッカーを開けて自分のペンケースを取り出せば入っていたのだが、せっかくなので渡されたケースからHBの芯を一本拝借して自分のシャープペンシルに押し込んだ。(その後しばらくはそのペンを使う度に緑間に「このシャー芯は宮地さんのポケットから出てきたもので……」と説明して、うんざりとした顔をされた。)
「宮地さん、お腹すいた」
「宮地さん、飴ちゃんください」
「宮地さん、今日は何入ってます?」
昼休みに食堂に向かう時や移動教室の時、高尾は宮地の姿を見つけると必ず寄っていってポケットの中身を確認した。宮地は面倒くさそうな顔をしながらも、「これ木村にもらったセロリ味の飴な」とか「絆創膏。お前、さっきの体育で転んで膝擦りむいただろ。教室の窓から見えてたぞ」とか言いながら、ポケットの中身を高尾の手にポンと渡してくれるのだった。
秋も終わりに近づくと、中庭の広葉樹はほとんどが葉を落とし、中庭は掃いても掃いてもきりがないほどの落ち葉が降り積もる。冷たく渦巻く木枯らしが吹き始めると朽ちかけた落ち葉が舞い上がって収拾のつかないことになってしまうので、きりがないと文句も言っていられず、落ち葉の季節は特別にここに掃除部隊が派遣されることになっている。例年一年生のクラスが持ち回りで、今日は高尾と数人のクラスメイトがだらだらと竹ぼうきで乾いた落ち葉を掃き集めていた。
「これやる意味あんのかね……」
「けどまあ一か所に寄せておくとそれなりに掃除した気分になるというか」
「つか寒ぃな。焼き芋してー」
落ち葉がこんもりとした山になって赤い敷石の地面が見えてきた頃、高尾は向こうから宮地がごみ箱を両手に下げてぶらぶらとやってくるのを見つけた。
「あ、宮地さーん!」
ほうきを振り回しながら駆け寄ると、宮地は「掃除しろよ一年坊主」と言いながらもおうと軽く顎を引いて答えた。
「なんだ、高尾、ここの掃除当番当たったのか。外れ引いたな」
「あ、やっぱり? いくら掃いても終わらなくて。もう掃く尻から風で飛んでくし」
高尾がぼやくと宮地は「わかる」と言って笑った。「俺も一年ん時ここ当たったわ」
「うは、マジすか。……ところで宮地さんのポケットには、今日は何が入っているのかな~」
「俺のポケットをお菓子ボックスみたいに扱うなよ」
宮地はちっと舌打ちした。「あのな、基本的にこれは俺のポケットであって、俺の使うものや俺の必要なものしか入ってねーの」
「え、そうなんですか? 俺結構本気で宮地さんのポケットは魔法のポケットだと思ってたんですけど」
「本当だよ。なんならお前、俺のポケット探してみろよ」
俺、両手ふさがってるから、などと宮地が嘯くので高尾は右手を宮地のズボンのポケットに突っ込んだ。薄い布と布のすきま。宮地の体温で布団の中のように温かい。
ヒュウッ。
突然強い風が吹いた。掃き集めた落ち葉が舞い上がったのか、背後でクラスメイトの悲鳴が聞こえる。いつの間にか、宮地はポケットの上から高尾の手を握り締めていた。
「ほらな、何もないだろ。俺の必要なもの以外」
高尾はしばらくその意味を考えて、赤くなって俯いた。
「……後でちゃんときれいにしてくださいね、それ」
足元には、こけたごみ箱からこぼれた紙くずが散らばっていた。
深夜の宮高真剣創作60分一本勝負
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