初夏の日
「緑間でも汗かくんだな」
高尾がそう言うと、緑間は怪訝な顔をして高尾の方を向いた。形のいい鼻の頭に、ぷつぷつと玉のような汗が浮いている。
ゴールデンウィーク。日に日に大きく零れだす木々の緑も、ほどよい風に身を揺らすカタバミの花も、公園を散歩する若い母子の白いブラウスも、申し分なく爽やかな光景だったが、初夏の容赦ない日差しはじわじわと空気を暖め、気温はとうとう25度を越えようとしていた。
部活の早く終わった高尾と緑間は、暑さに耐えかねて、涼しげな木陰のある公園に寄り道をして、屋台のアイスをかじっていた。
「いつも部活で見ているだろう」
緑間は汗で滑る眼鏡を左手でくいと押し上げた。
「いやま、そうなんだけどさぁ。なんつーの? 運動してる時はそりゃ当たり前に汗かくじゃん。俺が言ってるのは、こういう暑い日に、普通の生理現象としてってこと」
「お前は俺をなんだと思っているのだよ。人間、暑ければ汗をかく。なぜなら人間は他の恒温動物と違って汗腺が発達していて、発汗によって体温を調節するようになっているからだ。ちなみに犬や猫などはその汗腺が発達していないため、舌を垂らして放熱している」
なんだ、そんなことも知らないのか。と言わんばかりに盛大に見下されたが、そういうこっちゃねーのだよ、と心の中でつぶやいた。
緑間は眉間に皺を寄せて、カチカチに固められた抹茶のアイスをプラスチックのスプーンでつついている。
「しかしすごい色だな。見るからに体に悪そうだ」
屋台のおじさんがクーラーボックスからすくったアイスは、安い着色料でどれも鮮やかな色に染まっていた。「食べ物の色ではないな」
「文句言うなら食わなきゃいいじゃん」
高尾は真っ青なアイスをぐりぐりと削って口に放り込んだ。ソーダ味と言っていたが、冷たすぎて正直味などわからなかった。
「背に腹は代えられないのだよ」
どこか悲壮な面持ちで、緑間は頭上の新緑よりも眩しい緑色のアイスを口に運ぶ。
「少なくとも、これで暑さはしのげるからな」
ふう、と一息ついたように空を見上げる緑間の横顔を覗き見る。額から一筋、汗が線を引いて流れた。薄い顎の先で止まって、小さな玉になって不安定に揺れている。重力に引っ張られるにも軽すぎるその透明な汗の粒は、五月の太陽を反射し、硬質でどこか人工的な若葉の緑を反射した。
(きれーな顔)
高尾は無意識に右手を伸ばし、緑間の顎にそっと触れた。汗の粒は磁石に引き寄せられるように高尾の人差し指に吸いつき、そしてただの薄い水の膜になって消えた。
「た、高尾?!」
緑間が弾かれるように身を引いて、高尾もはっと我に返った。
「あ、ああ、わり……えっと、ほら、アイス、溶けかかって、垂れてたから。真ちゃん、くちびる緑色だぜ!」
慌ててごまかしてちゃかすように笑うと、「変な呼び方をするなと言っているだろう」と、緑間は乱暴に口元をぬぐいながら高尾を睨んだ。少し顔が赤い。最近は「真ちゃん」と呼ばれることに抵抗を示さなくなってきていたので、これはきっと照れ隠しだろう。
アイスで下がったはずの体温が、またじわりと上昇した。高尾は頬を伝ってきた汗をぬぐった。
「そう言うなよ、真ちゃん」
「よせと言っているだろう、バカめ」
真面目で偏屈で、機械みたいにバスケをする男だと思っていた。しかし、動揺して赤くなったり、暑くて汗をかいたりする緑間はごくごく普通の人間で、自分と何も変わりやしない。そんな当たり前のことに今さら気づいて、なんだか笑えてきた。今日、高尾は初めて、緑間のことを好きだと思った。
緑高深夜の真剣創作60分一本勝負(お題:汗)
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