美しい骨
「真ちゃんの鎖骨の形が好き」と言ったら、怪訝な顔をされた。
「鎖骨なんて、人間なら誰でも持っている人体構造の一部だ。皮と肉に包まれた骨の一パーツに対して、個性を見いだすのは不可能ではないか」
無粋なこと言うね、真ちゃん。とは言わずに、高尾は曖昧に微笑んだ。「まあね、なんとなくだよ、なんとなく」
だが実際、緑間の鎖骨の形は美しかった。くっきりと浮き出す喉仏の先にある深い窪み、窪みを挟んで潔く筆を下ろしたような喉元の始点、そこから左右対称にのびやかに両翼を広げる曲線、ふと下を向いた時にできる薄い影。すべてが計算しつくされた完璧さで、高尾の目を惹きつけた。
高尾は己の審美眼に結構自信を持っていたので、言下にそれを否定されたのは少なからず不服だった。スリーポイントシュートの芸術性を指摘した時も、徹底してケアされた左手の美しさを褒めた時も、満足そうに「そうだろう」と頷いて見せたのに。だから、緑間が自分の薄い皮膚の下に隠されたその芸術的な骨の価値に気づかないのなら、それは高尾だけの秘密の宝物にしようと決めたのだ。
日頃の奇矯な行動に惑わされることなく、緑間の容貌の美しいのを認める人は一定数いるが、その匂い立つ美しさの元が彼の鎖骨にあることに気づく人はそういまいと思う。ユニフォームの無防備な首元で晒された鎖骨も、暑い日にたまに第二ボタンまで外されたカッターシャツから覗く鎖骨も、きっちりと上まで止められた学ランの中に隠された鎖骨も、正当に評価できるのは世界で自分だけなのだと思うと、いくらか高尾の心は満たされた。
今、高尾は自分の鎖骨に懸命に鼻を擦りつける緑間の頭のてっぺんを眺めている。緑色の豊かな頭髪は、汗で湿って少し色が濃くなっていた。意外と強い彼の髪を掻き混ぜるように指を差し込むと、緑間はその手が邪魔だと言わんばかりに鎖骨に歯を立てたので、高尾の息は乱れた。
「真ちゃん、そこは、もういいって」
熱い息の下で何とか言葉を絞り出したが、緑間は素知らぬ顔でべろりと鎖骨に溜まった汗を舐めた。
「この鎖骨は俺のものなのだよ、高尾。だから、俺がお前の鎖骨をどれだけ舐めようが、痛めつけようが、優しく愛撫しようが、お前にとやかく言われる筋合いはない」
なんだそれ。と高尾は思った。かつて鎖骨に個性を見いだすことを否定した緑間は、そんなことをすっかり忘れて高尾の鎖骨に夢中になっている。だが、骨太でまっすぐで野暮ったい俺の鎖骨のどこがいいのかと尋ねたら、お前の鎖骨は美しいなどとのたまったので、やっぱり彼は何もわかっていない。本当に美しい鎖骨は未だに高尾だけのもので、「俺は、お前の鎖骨が好きなんだよ」とは、高尾はもう二度と彼にも言ってやるまいと思った。
緑高深夜の真剣創作60分一本勝負(お題:鎖骨)
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