混沌の街 -3-
門田が意識を浮上させた時、彼は灰色の世界にいた。目に入るものはすべて灰色で、しかしその形状は、大きかったり小さかったり、四角かったり丸かったり三角だったり様々であった。
門田はゆっくりと立ち上がり、また目眩に襲われてぐらついた。どちらが右か左かわからない。上か下かさえもわからない。果たして今自分は立っているのか座っているのか逆立ちしているのか?自分が動いているのか周りが動いているのか?
門田は慎重に一歩を踏み出した。これは一つの街なのだろうか。灰色の物体は、よく見れば家のような気がしなくもない。その灰色は明暗もニュアンスも何もない。ただ機械で塗り潰したようにベタリとした一色で、見えているのに真っ暗闇にいるような気がした。
この世界は無秩序の極みだ。
門田は半分麻痺した頭で考えた。塔が空から生えるわけはないし、球体と球体が隙間なく並ぶはずもない。動悸が激しい。門田は、額の汗を手の甲で乱暴に拭った。
臨也は二人の関係の秩序化を望んでいるのだろうか。確かに俺は臨也に何も言ったことがなかったし、臨也も俺に何も言ったことがない。気が向いた時に一緒に帰り、気が向いた時にキスをして、気が向かなかったら赤の他人。二人の関係はいつだって曖昧で、けれどもそれを居心地が悪いと思ったことなんて一度もなかったのだ。前に進むにせよ後に戻るにせよ、この均衡が崩れるのは嫌だった。
門田はひたすら足を前に運んだ。進んでいるのかいないのか、周囲の景色は後ろに遠ざかることはせず、ただ角度を変えて門田に迫る。
大体、と門田は必死で頭を働かせた。
大体、人と人との関係を秩序化するなんて馬鹿げた話だ。人の人に対する感情なんて一言で済ませられるものじゃないし、臨也だってそう言っていたじゃないか。怒っているように見えて実は悲しいんだったり、大嫌いと言っても愛しているの裏返しだったり、自分で自分の感情をごまかしてしまうこともあれば、わかっていてもコントロールできないこともある。臨也みたいに口から生まれてきたような人間は、尚更そうだ。臨也が俺のことをどう思っているかなんて臨也自身にもきっとわからないことで、だからこそ、関係の秩序化なんて望めるはずもない。
ああそうか。
そこまで考えて、門田ははたと足を止めた。
関係に名前を付けたいのは俺だ。誰も彼もと繋がっているようで、その実誰とも明確な繋がりを持たない彼を、自分と関わる形でカテゴライズしたいのは俺だ。今日のように、彼がこの世の何とも繋がっていないような顔でいる時は、一層そういった焦燥感に掻き立てられる。彼は何者でもないことなんかない、自分に関わる何者なのだと主張したくなる。
図書館でひっそりと居場所を守る本のように、臨也を自分の細胞の一部として美しく組み込んでしまいたい。その想像は、エゴイスティックな悦びで門田の胸を暗く震わせた。
この気持ちは独占欲だろうか、快楽だろうか、愛情だろうか、憎しみだろうか。そのどれにも当てはまるようでどれにも当てはまらないこの無秩序な感情は、しかし一歩離れて眺めてみれば、たった一つの言葉に他ならなかった。
門田は大きく息をついた。
関係の秩序化?何を馬鹿なことを考えていたんだ俺は。本当はもっと簡単なことだった。関係に名前がなくとも、自分の内側ではとっくに答えが出ていたのに。俺が、臨也を好きだということ。それは無秩序の中にあって、揺るぎない真実だ。
その時、ふいに夕日が射した。一条の光が一直線に街を横切った。ただ灰色一色だった街はたちまち凹凸を取り戻し、陰影を作り、美しく複雑な模様を描き出した。
門田は赤い夕日に手を伸ばした。手に触れた温かいものを、無我夢中で抱き締めた。
→4
back